飼い主の手を噛む犬の怒り
先日、夢のような記憶が蘇ってきた。
庭につながれたまま超怒り狂って吠えまくっている実家の犬。
中型の雑種だが、テリアが混ざっているのでクリクリの巻き毛だ。
当時、七歳か八歳くらいだった私は恐ろしくて近寄ることもできなかった。
撫でようとしようものなら指を噛みちぎられそうな気配が漂っている狂犬だったのだ。
もちろん狂犬病の予防注射はしてあったはずだが、果たして効いてたのかどうか首を傾げたくなるような犬だった。
餌を与えられる距離まで近寄ることができる唯一の人間は母だった。
そして、やはりそういう荒い気性の犬だったからだろうか。
コロという凡庸な名を付けられたその犬と、一緒にのんびり散歩に出かけた思い出は一度もない。
記憶に残っているのは、いつも庭のテラスの柱につながれっぱなしの姿だった。
夜は父のお手製の犬小屋で眠っていた。
そしてある日、うちの前から庭に投げ入れられた毒団子を食べて死んでしまった。
私が小学校から帰ってくると、硬直した四肢が突き出したダンボール箱が庭先に置いてあった。
あとで動物の死体回収業者が来る、と母から説明された。
死に方が死に方なので、なんだか母もとても申し訳なさそうだった。
一体誰に申し訳なく思ったらいいのかよくわからないが、いつもより早く返ってきた父もとにかくそういう感じでそのダンボール箱に接していた。
狂っていたとはいえ、身近な動物が死んだ初めての経験だった。
四十年近く経ってふと、なぜあの犬はあんなに怒っていたのだろう、と不思議に思った。
そんなことを真面目に考えたことは今まで一度もなかった。
そういう気性の犬だと思っていた。
が・・・本当にそうだったのだろうか?なにか他の理由はなかったのだろうか?
五年ほど前に死んだ手乗りインコを最後に、今でこそ一匹も動物がいなくなった実家だが、母親が動物好きなせいで、子供の頃から実家には常に動物がいた。
そしてその動物たち皆、母に異常なほど愛着し、うっかり膝に乗っているときに母に触ろうものなら噛みつかん勢いでジェラシーを燃やすものもいた。
家族で飼っているのだから、飼い主も家族全員ではないかと思いがちだが、うちでは母の動物の可愛がり方がとりたてて良かったのか異常だったのか、とにかくしばらく時間が経つと必ず動物たちは母を独り占めすることにエネルギーを費やし始めるのだった。
そして、その頃にはもう手遅れで、他の家族のメンバーが一緒に遊ぼうなどと思っても、なかなかなびいてくれやしないのだ。
もしかしたらあの犬が狂ってしまったのも、母の愛情を独り占めしたいがための狂おしさからきていたのだろうか?
それとも単に命を授かったときからあった遺伝子自体から狂っていたのだろうか?
今なぜか、とてもその真実が知りたいと思う。
当時生き物の死を間近にして、ただただショックを受け犬の本当の気持ちなんて考える余裕など全くなかった自分だったが、そろそろそういうことを考える余裕がでてきた歳になったのだろうか。。確かにもういつ死んでもおかしくないしね。
まだちょっと早いか。
チビ太もまだたったの五歳だし。