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コロナウイルス、フランスの未来は?

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こんなことでフランスが連日、日本のニュースに登場するとは思ってもいなかった。

滅多にフランスのニュースなど扱われない日本で、3月に入ってから新型コロナウイルス感染症の危機国として、フランスがイタリアに次ぎ報道に取り上げられることが急激に増えた。該当国に住んでいる方も、2月末、いやフランスの都市封鎖が始まる直前の3月上旬の時点でさえ、隣国イタリアの感染状況は全くの対岸の火事のような気がしていた。パリがイタリア国境から距離的に遠い北の街だからとは言え、ウイルスが礼儀正しくパスポート(今の欧州では不要だが)でももって国別に訪問するわけでもないのに、まさか自分の住んでいる場所や、日常生活にワケの分からないウイルスが侵入してくる可能性に対し、実感も危機感も持てなかった。

3月12日(木)20時に、国民に向けた異例のマクロン大統領のテレビ演説があり、突如翌週3月16日(月)からの学校一斉閉鎖が発表された。何度も繰り返し、フランスがウイルスとの「戦争状態」にあることが強調され、本物は聞いたことがないが、まるで戦時中の玉音放送のようである。こうして、いつもなら週末前でのんびりしている金曜の夜が、大統領の発する一語一句を聞き洩らさないようテレビの前で姿勢を正す奇妙な晩になった。そして、翌日13日の金曜日は、子供たちにとっていつ終わるともしれない休校前の最後の一日となってしまう。

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突然の休校宣言の後、このウイルスの驚異的な国内拡散の速さが報道され始めたと思ったら、今度は滅多に音沙汰がなかった古い友人からメールがやって来るようになった。恐るおそる安否を気遣うその文面から、どうやら日本で報道されているフランスの感染状況がかなり悲惨なのではないかという気がした。「中世のペストみたいな状況だと思われてる?」という気さえした。もちろん、インターネットもテレビもあり、駐在員や特派員、在住者が多い西欧の一国で大統領が緊急テレビ演説をしたからと言って、まさかそこの住人が道端でバタバタと死んでいるというような報道はされないだろうが、懐かしい人たちからのメールの一端から、そういう日がもしかして近づいているのでは…?という危惧感がどことなく感じられてしまう…

遠い国で起こっていること、というのは、実感が得られないだけに、不気味なものだ。日本にいると実感としてヨーロッパで起こっていることがイマイチわからないように、ヨーロッパにいると、日本の危機管理の仕方やそのメンタリティが今ひとつよくわからない面が多々ある。自分が生活しているところを基点に物事を考えるのが人のベースなので、そこ以外で起こっていることを体験として感じとるのはなかなか難しい。

日本政府が、フランスに数週間遅れでようやく緊急事態宣言を出した際は、ヨーロッパのように私権を制限する強制力ある外出制限令が出せない日本の対策の甘さに、国内外から「日本は危機感がない」「対応が遅すぎる」「強制権のなくては意味がない」という批判が出た。

私自身もそうだが、法律で理由のない外出を禁止することができる国で生活し、規則を破った人には警官が罰金を課すのが日常の国に住んでいると、確かに「外出自粛」を丁重にお願いする程度では甘いと感じる。その反面、個人の主張の強いフランスのような国では、きちんと自分で自粛できる人ももちろん数多くいるが、独善的な個人的判断や現在までの個人の自由を優先する習慣から、勝手な行動をする人が日本よりも多いのも目に見えている。実際、外出制限令の罰金は、フランスのロックダウン初日(3月17日(火)正午~深夜まで)は38ユーロだったのが、翌日から即135ユーロへ引き上げられた。外出制限を守らなかったのか、守り方がわからなかったのか、理由は色々あるのだろうが、とにかく守らなかった人が多かった結果、こうなったのは確かだ。

ただこれは、外出制限など経験したことがない人が大半の現代社会で、市民にこの制限令の緊急性を知らせ、守らせるという警告の役割も果たした。これ対策のおかげで、一般フランス人は外出制限令の本気度を感じ取って今一度気を引き締め、その後二か月続くロックダウンに耐えられた一因になったのではないだろうか。

今年の夏、日本に帰国予定にしていた海外在住の方も多いだろう。かくいう私も、7月第二週に始まる夏休みを少し先取りして帰国を予定していたのだが、5 月初旬にエールフランスから、「あなたのフライトはキャンセルされました」という旨のメールが到着した。
実を言えば、この通知が来る前から、日本は感染者数では海外よりずっと少ないとはいえ、その生ぬるい対応ゆえにいつ爆発するかわからない、爆発したらどうなるかわからない、という危機感と、周囲の人の「今アジア方面に行くのは危険では?」という声で、正直、子連れでの帰国を迷う気持ちの方が強くなっていた。それに加えて、日本に帰ったのはいいが、日本の水際対策や、フランス側の事情が強化され、万が一にもどちらの国にも入国できないような事態になっては困る。現に、たまたま母に付き添ってフランスの旧植民地であるアルジェリアにいる祖母宅に行ったフランス人旅行者が、突然の国境閉鎖でフランスに一か月以上帰れなくなったというケースも聞く。

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こういう事態が始まり、人口密度の高い東京から流出した人で、軽井沢に東京ナンバーの車が増えた、という報道を目にしたが、こうした疎開は日本だけではなく、フランスの都市圏でも多く見られた。もちろん、首都パリの市民の大半が別荘をもっているわけはなく、彼らの移動先は、セカンドハウス以外に、親や親類宅、長いフランスの休暇を過ごすための滞在先として使用する家族や友人との共同の家、さらには定期的に借りるレンタルハウスなどもあり、当初からある程度、長引くことが想像されたロックダウン期間、一時的に都市圏から退避した家族はかなりの数に上る。

私の知人は、外出制限令施行の前日に子供二人を連れて家族四人でフランス北部の母親宅に戻った。ただ、この感染症の死亡者に年配の人が多いため、まだ症状の出方や感染数が未知数の年少の子供たちとの同居を避け、母親は自分のパートナー宅へ一時的に引っ越したという。そしてこの状況は、二か月間以上経った5月末現在も続いている。60歳を超えた母親に家族公認の恋人がいるのも、なんだかフランスらしい話である。

今回のフランスの外出制限では、一旦家籠りの場所を決めたら、途中でその場所を変更することはできない。つまり、自分のセカンドハウスでも勝手に行ってはいけないのだ。ところが、一部の都市住人は、移動する時間がなかったのか、ここまでロックダウンが長引くとは予想していなかったのか、はたまた単に都会での自宅待機が嫌に飽きたのか、まだ外出が制限されている期間に、こっそり自家用車で移動し始める人が出てきた。それだけなら、バレなかったかもしれないが、この動きに対して受け入れ先の村長や住民から苦情が出始めた。
もちろん理由は、国を挙げて必死で地域・クラスターごとに囲い込もうとしているウイルスが、自分が感染していることを知らずに移動する人たちと一緒に他地域に拡散してしまうせいだ。自家用車に乗っている限りは外部と隔離されているように見えても、その実、到着先までにガソリンスタンドに寄って給油やトイレ休憩、買い物をするたびに、ウイルスがひとつの地域から別の地域に移動する可能性が高くなる。

同様に、目的地に到着した後も、どんなに用意周到な人でも数週間分の家族の食料をもって移動することはできないので、多少の必需品の買い物に出たり、もしくは、いくら田舎でも辺りを散歩したりすれば人と出会うこともある。そうなると、また再び他所からウイルスが持ち込まれることになり、それまで感染者を出さずに抑え込んできた、もともと医療施設の少ない小町村が非常に迷惑しているという。

また、今回のロックダウンでは、家族とはいえ、普段さほど一緒に家で時間を過ごしていない人たちが、連日同じ場所に閉じ込もって暮らさなくてはいけなかったせいで引き起こされた、家庭内暴力や子供の虐待問題も噴き出した。これは、実家に戻った家族も同じで、通常は休暇にしかやってこない息子・娘家族が突然一家でやって来て、1、2か月も居座っていれば、暴力とまではいかなくとも、人間関係が多少ギクシャクしてもおかしくないだろう。もちろん、目にする報道には、滅多に帰って来ない息子が都会から戻ってきて喜んでいる母親像という、心温まるストーリーが取り上げられることの方が多いが、一般的に家族のつながりが日本より強いフランスでも、コロナ禍の中での各家庭の事情は複雑だ。

四月になると、DVや児童虐待の専門ライン、精神分析医のホットラインの開設が相次いだ。今回の都市閉鎖で、家族との時間の過ごし方を再発見した人、カップルの関係が改善した人、公害や煩わしいことも多い都会との決別を決めた人、転職を決意した人、失業や倒産で仕事を変えざるを得なくなった人など、様々な発見と決別・出発が相次ぎ、またさらに生まれつつある。そして、この現象は、まだまだこれから先、数年以上経っても続いていくのだろう。
ちなみに、5月11日(月)の外出解禁以来発布されている「100㎞を超える移動許可証」に、つい最近、8つ目の移動許可項目「不動産の賃貸や売買のための長距離移動」が追加された。景気回復の促進を名目にはしているが、そこには引っ越しをコロナ前から予定していた人だけでなく、コロナ渦中に新たな出発を決めた人々からの要望も反映されていると思われる。

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今回、ようやく収束の気配を見せつつあるパンデミックのフランス事情をまとめてみて一番強く感じるのは、地球上のどこで暮らしていても、アフターコロナの世界では、人との距離の保ち方を新しく学ば直さなくてはいけないということだ。

今回、ヨーロッパで爆発的に拡散してしまったコロナウイルス。その最大の被害国が、イタリア、スペイン、フランスというヨーロッパのラテン御三家である。このラテンな気質をもつ民族の習慣では、挨拶代わりにビズ(頬にするキス)をするのは当たり前、感情が高まるとすぐ男女問わずに抱き合い、初対面の人とも握手する。2019~20年にかけて発生し、いまだ世界で拡大しつつあるこの不気味な感染症は、人と人の距離の近さとも深く関係しているのは確かだろう。同じヨーロッパでもかなり迅速に収束された北部民族のドイツとは異なる国民性と人間関係を歴史的に築いてきた国は、今後、どう人間関係を変化させて生きなくてはいけないのだろうか。

フランスでは、親しい関係の人とはビズを続ける派が大半を占めるという暫定的な調査結果も出ているが、まだまだアフターコロナは始まったばかりで先が見えない。よくも悪くも、これから徐々に私たちの目の前に新しい世界が開けていく。悲観もせず楽観もせずに、それを見守りながら、またフランス事情を伝えたいと思う。

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